慶長5年(1600)に越前国68万石を与えられた結城秀康は福井城の築城に取り掛かり、6年後の慶長11年(1606)に完成させた。本丸を中心に二の丸や三の丸の曲輪を同心円状に配して主核部(城内)をつくり、その外回りに外郭を廻らして郭内を形成していた。そしてこれら曲輪の間を四重〜五重に堀が巡る、環郭式と呼ばれる縄張りを持つ白であった。
ここでは福井城内の主要な門である加賀口御門、三の丸御門、鳩の御門、鉄(くろがね)御門、下馬御門、御本丸橋、本丸西側の当時の絵図、また寛永9年(1669)の火災焼失前の福井城本丸の復元図と解説が記されている。
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